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東京高等裁判所 昭和48年(う)40号 判決 1973年3月28日

被告人 岩井栄次

主文

原判決を破棄する。

本件を水戸地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、水戸地方検察庁下妻支部検察官検事兼村頼政作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は弁護人三浦晃一郎作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

所論は、原判決が、本件公訴事実中積載物重量制限超過の道路交通法違反の点につき、公訴を棄却する旨の判決を言渡したのは、同法第一二八条第二項の解釈適用を誤つたものであつて、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないというのである。

そこで、まず記録ならびに原審において取調べられた各証拠によつて、本件事案の経過について考察すると、被告人は、昭和四一年二月七日普通免許を、同年三月三日大型免許をそれぞれ取得し、栃木県公安委員会から免許証の交付をうけていた(以下これを甲免許証という。)者であるが、同免許証を亡失したため、同年一〇月二八日右公安委員会から免許証の再交付をうけた(以下、これを乙免許証という。)ところ、その後まもなく亡失した甲免許証を発見したのに、これを公安委員会に返納することなく甲、乙二通の運転免許証を所持していたこと、その後被告人は、昭和四三年五月二九日右公安委員会から大型・普通免許の取消処分をうけ、その際乙免許証のみを右公安委員会に返納したが、甲免許証については右取消処分をうけた前日の同年五月二八日千葉県公安委員会に対し住居を栃木県から千葉県習志野市大久保町一丁目二九番一号に移した旨住居変更の手続をしてそのまま手許に保留し、昭和四四年二月二七日同公安委員会に対し甲免許証の更新手続をし、これと引きかえに更新された免許証の交付をうけ(以下これを丙免許証という)、前記取消処分によつて自動車の運転免許を失なつたにもかかわらず、丙免許証を不正に所持して自動車の運転を続けていたこと、被告人は昭和四六年七月一六日午後六時ころ、茨城県下館市大字伊佐山一四三番地先道路において、大型貨物自動車を運転中、交通取締に従事していた司法巡査路川信夫から運転免許証の提示を求められるや、運転免許がないのに前示丙免許証を提示したため無免許運転者であることが発見されず、その場において、自動車検査証に記載された最大積載量一一、〇〇〇キログラムを超える二九、〇五五キログラムの砂を積載して大型貨物自動車を運転した道路交通法第一二五条第二項にいう反則者として同法第一二六条第一項による告知をうけ、同月二三日反則金相当額八、〇〇〇円を仮納付し、同年八月六日茨城県警察本部長から右反則金納付の公示通告がなされ、反則金を納付したものとみなされるに至つたこと、ところが、その後被告人が右反則行為の際、無免許運転者であつて、非反則者であることが判明したため、右警察本部長は、同年九月二七日被告人に対し、反則告知是正通知をするとともに反則金の還付手続をとり、被告人は、同年一〇月二五日その還付をうけ、同年一二月二七日、三回にわたる無免許運転の事実、傷害の事実ならびに前示反則行為とされた積載物重量制限超過と同一の事実、すなわち「被告人は法定の除外事由がないのに昭和四六年七月一六日午後六時ころ茨城県下館市大字伊佐山一四三番地先道路において自動車検査証に記載された最大積載量一一、〇〇〇キログラムを超える二九、〇五五キログラムの砂を積載して前記車両を運転したものである」との事実の合計五個の事実について本件公訴が提起されるに至つたものであること、原審公判廷において被告人および弁護人は右積載物重量制限超過の事実をも含めて公訴事実全部を認め、原審は、検察官請求の書証を同意書面として取調べ、右積載物重量制限超過の事実を除く他の公訴事実については有罪と認めたものの、右事実については、大要、被告人の免許証取得、反則通告、反則金の納付および還付、ならびに本件起訴の各経緯につき前述したところと同旨の事実を判示したうえ、結論的には次の理由、すなわち、茨城県警察本部長のなした通告は有効かつ取消し得ないものであり、また本件通告にかかる反則金納付による公訴不提起の効力は、非反則者である被告人の本件犯則行為となる事実についても及ぶから、前記積載物重量制限超過の被疑事実につき公訴不提起の効力が及ぶものと解するのが相当であつて、結局本件公訴事実中積載物重量制限超過の道路交通法違反の点は、公訴提起の手続が道路交通法第一二八条第二項の規定に違反しており、無効であるとの理由により公訴棄却の言渡をしていることが認められる。

しかしながら、警察本部長が反則金の納付を通告することができる対象者は、道路交通法所定の反則行為をした反則者に限られ(同法第一二七条第一項)、右にいう反則者には無資格運転者が含まれない(同法第一二五条第二項第一号)ことは法の明定するところであり、この意味において、非反則者に対する通告が違法なものであることは異論がないにもかかわらず、非反則者に対して通告がなされ、通告をうけた者が異議なく反則金を納付した場合には、同法第一二八条第二項所定の効力が生じ、あらためて公訴を提起する余地がないか否かが問われなければならない。この点につき、所論中には、非反則者に対する通告は行為の相手方たる人について実現不能のものであつて重大な瑕疵が存するから無効であるとの主張があるが、通告が無効であるとするためには、少なくともその通告に重大かつ明白な瑕疵の存する場合でなければならない。今これを本件についてみると、前述したところからも明らかなように、本件における通告は、通告をした主体、通告の形式および手続についてはなんら瑕疵の存しないことは明らかであり、その内容についても、非反則者を反則者と誤記して通告をしたものであつて、道路交通法に精通しない者が右通告をうけた場合には、自己の同法違反の行為に対する一種の制裁として、当然のこととしてこれをうけとめ、その通告が違法なものであることには気がつかないのが一般であり、右の瑕疵がなんぴとにとつても外観上容易に認識し得る程度に明白であるとはいえない。

そこでさらにすすんで、通告が無効でないとしても、通告をうけたものが所定の反則金を納付したのちに、右通告に瑕疵があつたとしてこれを取り消し、さらに公訴を提起することが許されるか否かについて考察する。もとより、通告による反則金の納付は、道路交通法違反のあつた者に対する一種の制裁処分であつてみれば、これを確定裁判の効力と同一視することは許されないとはいえ、なお法的安定性が要請されることは否定できないところであつて、原判決も判示するとおり、通告の取消の許否は瑕疵の重要性の程度、取消さなければならない公益上の必要性の程度、取り消すことによつて関係人に及ぼす利害の程度などを考慮して具体的に決定されるべきである。そうだとすれば、非反則者は、もともと交通反則通告制度による不起訴の利益を享受する資格のないものであること、特に自らの不正手段によつて公訴の提起を免れようとする者に対してまで不起訴の利益を享受させることは、却つて正義公平の観念に反するばかりか、他の自動車運転者に与える影響もきわめて大きいこと、通告の取消は第三者の権利関係に影響するところがなくこれによつて法秩序の混乱をきたすものとも考えられないこと等を彼此勘案すれば、少なくとも非反則者が自らの不正手段によつて、告知の警察官をして反則者と誤認させる結果を招いた場合であつて、かつ、警察官の右誤認がその職務行為に照らし特に責められるべき点のない場合には、通告を取り消してあらためて公訴提起をなしうるものと解するのを相当とする。今これを本件についてみると、すでに認定したとおり、被告人は公安委員会の運転免許をうけないものであつて、反則者にはあたらないこと、司法巡査路川信夫が被告人を反則者と誤認して告知したのは、道路交通法違反の事実を現認した同巡査が、被告人に対し免許証の提示を求めたところ、被告人において前示の不正手段によつて取得し所持していた丙免許証を提示したためであること、路川巡査において、提示された免許証から被告人が無免許者であることを看破することは全く不可能であることが明らかであるから、前述したところに照らし、たとえ被告人において、通告をうけ一旦反則金を納付したものでもあるにもせよ、右通告は茨城県警察本部長のなした反則告知是正通知によつて取り消され、その結果、被告人は道路交通法第一二八条第二項所定の不起訴の利益を受け得ないこととなつたものと解するのが相当である。この点につき原判決は、通告の取消は反則金納付者の既得の権利ないし利益を侵害するものであることを強調して、その取消は重大な制限をうけるべきであり、本件においては、被告人の不正行為は受動的であつて、他面において、これを取調べた警察官にも右不正を看過したことが認められること、被告人は、反則金を納付して一応処罰に値する責を果しているものと評価することができ、これを取り消してあらためて処罰しなければならないという公益上の必要性が大きいとはいえないこと等を理由に、通告を取り消すことができる場合にはあたらないとするが、そもそも既得の権利ないし利益を自ら主張することができるのは、原則的には、それが適法に取得されたことが前提でなければならないことはいうまでもないところであつて、その他前述したところに照らせば、原判決の右判断は法令の解釈を誤つたものというほかない。したがつて、検察官の本件積載物重量制限超過の公訴提起は適法であつて、これを違法として公訴を棄却した原判決には、法令の解釈を誤つた違法があり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、その結果、不法に公訴を棄却した違法がある。論旨は理由がある。

そして、本件は、右積載物重量制限超過の分と原判決中のその余の有罪部分とが併合罪として起訴され併合罪として処断されなければならない場合であるから、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条、第三七八条第二号により、原判決全部を破棄したうえ、同法第三九八条によつて本件を水戸地方裁判所に差し戻すこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

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